求められる実務対応、でもELSIって何?
最近大学界隈で聞くことの多いELSIやRRIという語、これらは何なのでしょうか。
文科省は熱心にこの推進を図ったいるようだけれども、大学研究者として何らかの対応が必要になるのでしょうか。実際、第5期科学技術基本計画や第6期科学技術・イノベーション基本計画でもその必要性が謳われています。
言葉は踊れど、どうもコンセプトがイメージできない。具体的に何をしたらいいのかわからない。そんな方の存在を想定し、ELSI的な対応が求められる現状に役立つ知識・説明を記します。
あくまで私の理解に基づいた説明です。実際、長く政府部内(文科省ではありません)で技術政策に携わった私にとっても、ELSIに関し文科省が求めていることを正確に理解できているとは思えません。
私の間違いや誤解も多々あろうかと思います。その際は指摘いただければ助かります。
ELSI、そもそもの発端はアメリカ
最近、ELSIという言葉を聞くことが多いのではないでしょうか。主に、大学界隈で使われている言葉です。ELSIはEthical, Legal, and Social Implicationsの略で、日本語に訳せば、倫理的、法的、社会的な含意、あるいは影響といった意味になるでしょう。
ヒトゲノム計画(Human Genome Project: HGP)の実施に際し、ヒトゲノムの解析を行うことの倫理的、法的、社会的な含意に関した検討の必要性が議論されたことに端を発します。米国政府による、1989年のことでした。
同時期やはり米国において、Ethical, Legal, and Social Issuesの略としてもELSIという語は使用されていました。この場合の日本語訳は、倫理的、法的、社会的課題といったものになるのでしょう。
日本での導入はどうなっているの?
2016年に閣議決定された第5期科学技術基本計画では、「新たな科学技術の社会実装に際しては、(中略)、倫理的・法制度的・社会的課題について人文社会科学及び自然科学の様々な分野が参画する研究を進め、(中略)、利害調整を含めた制度的枠組みの構築について検討を行い、必要な措置を講ずる」と記載されています。
ELSIと同様のコンテクストで使われる言葉にRRI(Responsible Research and Innovation)があります。日本語では、「責任ある研究・イノベーション」と表されることが多く、ELSI的な視点を踏まえて研究(及びイノベーション、すなわち社会実装)をしましょう、といった意味かなと理解しています。
政策文書特有の持って回った分かり難い文章ですね。第5期科学技術基本計画の後継版である第6期科学技術・イノベーション基本計画ではELSIとは何かといった説明には深く触れず、「ELSI対応」が必要との記述が盛り込まれています。ELSIの内容は所与の前提といった雰囲気です。
ELSIの“I”はImplicationsでもIssuesでも、両方が正解と思います。ただ、権威ある政府の文書に「倫理的・法制度的・社会的課題」と記されていることから、日本語ではこの語を使います。略さない場合の英語では、日本語からの訳ということで、Ethical, Legal, and Social Issuesを使うことにします。
RRI(Responsible Research and Innovation)はELSIと一体的に扱われ、ELSI/RRIと表記されることが多いようです。
政府(文科省)が大学に求めることは?
諸政策文書から文科省のELSIに対するスタンスを読み解くと(あくまで私の解釈です)、「研究・技術の発展を支援しつつ、それが社会に与える影響を倫理的・法的・社会的観点から慎重かつ予見的に検討し、必要な制度や体制を整えていく」ということになると思います。
規制をかけるというよりは、持続可能で受け入れ可能な形でイノベーションを進めるためのELSI的視点からの枠組みを整備する方向なのでなと感じます。
このような考え方の下、文科省が求めるELSI絡みの大学内マネジメントは、以下内容の制度化(言葉が強ければ仕組み化)ではないかと考えられます。
- 方針を明文化(学則・規程・行動規範に反映)
- 審査体制を拡充(新興技術まで対象、人文・社会系を含む)
- 教育を義務化(研究倫理+ELSI研修)
- 研究費・プロジェクトに組込み(申請・評価の必須要件に)
- 学内ガバナンス強化(責任者・窓口・リスク評価体制)
- 社会との対話を制度化(公開シンポ、市民参加、レポート公開)
- 学際的研究の推進(人社系と理工系の協働センター設置)
まずは「ELSI実務講座」的なもので関連知識を
ELSIに関する大まかな「雰囲気」は以上述べたとおりです。で、具体的にはどうしたらいいのか、すぐにそんな疑問が浮かびます。
まさに雰囲気は感じるのですが、そもそもELSIって何という疑問に対してすら、私は正解を持っていません。というか、正解と定義された事項はまだない、というのが実際であるような気がします。
そんな中ではありますが、「ELSI実務講座」と称してELSI理解の参考になりそうな内容を以下の記事として載せていきます。皆様の参考になれば幸いです。