交雑する人類-古代DNAが解き明かす新サピエンス史

著者:David Emil Reich
訳者:日向 やよい
出版社:NHK出版
発売日:2018年7月25日

とても面白かった。サハラ以南を誕生の地とする人類がその地を出て世界中に散っていった、いわゆる“グレートジャーニー”の話。個々様々な旅する人間集団が他の集団とは交わらず一本の線で安住の地を得たわけではなく、その過程では様々な交雑が発生していた実態を、ゲノム解析の結果を基に詳らかに解説してくれる。

ホモサピエンスとネアンデルタール人との交雑に関しても、古代ゲノムは様々な知見を教えてくれる。こうした分野の研究は、測定方法の発展とともに現在では爆発的に増大しており、時間おけばさらに多くの知見が得られていく。我々が何者であり、どこから来たのか。こうした人類の根源的な問いに関し、そう遠くない将来において、さらに詳しい知見を得ることができるのだろう。

著者はアシュケナージ系のユダヤ人であり、そうした自身の出生と経験に照らした論述は大変に興味深かった。アシュケナージ系ユダヤ人はつい最近まで閉じた集団の中で人間的な営みを行ってきており、遺伝的な特徴が顕著であることから従来から様々な遺伝学的研究の対象とされてきた。著者自身が成長過程で家族から聞かされてきた伝統的な話と自身の研究の成果とを絡ませながら考察を行う姿勢がとても面白く感じられた。

また、こうした分野の研究を行う研究者の常として、いわゆる“ポリティカルコレクトネス”に関しても多々意見を持っており、それに対する記述も興味深い。特に、ポリティカルコレクトネスに拘るあまりに、得られた成果を科学的に解釈しない現状のアカデミアの姿勢に疑問を呈する。そして、こうした姿勢が適正な科学の発展を妨げる可能性に懸念を示す。

そうしたコンテクストで著者が触れた事例も興味深い。「人類の厄介な遺産-遺伝子、人種、進化の歴史」というニコラス・ウェイドが書いた本がある。同書では、ポリティカルコレクトネスにより真実が歪められており、人間の集団間には重大な差異が存在し、そうした差異は伝統的なステレオタイプに一致すると指摘している。著者はポリティカルコレクトネスに対する批判とは逆の意味で同書の内容も批判する。

私自身も同書を読んでいるが、その際の印象は科学的な研究成果に基づき著された本との印象であった。人種によって種々の能力に差が存在することを肯定した内容であり、結構多くの本で引用されている。著者は、そうした同書の内容には科学的に見るべき点もあるものの、真実と憶測を織り交ぜ読者に誤解をもたらし、有害無益以外のなにものでもないとまで言う。

また、遺伝子の二重螺旋構造を発見したワトソンの最近の言説に対しても、同様の趣旨から批判する。遺伝のというセンシティブな問題に対する著者の両面からのバランスの取れた主張は、私自身のこうした問題に対する理解を確実に深めてくれたと思う。

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